交情
「……あーもう!馬っっっ鹿じゃないの!?あいつ!」
今日、あたしは部屋で一人そう叫ぶ羽目になった。
話の最初は1年前、中学2年の3月にさかのぼる。
隣の席に座ってた男子が、転校することになった。成績も普通、スポーツも普通、見た目も普通。地味でパッとしない奴だったけど、席も近かったし、教科書を見せて貰ったり見せてあげたり、消しゴムやシャーペンの芯を貸したり貰ったり。ちょっとテストの話や先生の噂話したり。ああ、そういえば友達の持ち物に小学生みたいな悪戯を仕込むのが好きだったわね。そういえば、そう。
でもそんだけ。べつに特別な関係になんてならなかったし、なるつもりもなかった。ただのクラスメイト。あいつは悪戯にしか興味無いみたいだったしね。
で、そいつったら学校に来た最後の日に、大きな紙袋を持って来たの。
「1年間ありがとう。本当に楽しかったです。皆さんとの交情の証に、記念品を持って来ました」だって。何よコウジョウって。やたらと小難しい単語を使うのがこいつの悪い癖。交情ってちょっとエロい意味もある事わかって使ってるのかしら。わかってなさそうね。それに、こういう時って見送る側が餞別を渡すのがフツーじゃない?ちょっとズレてるのよねえ。
そうしてクラスの一人一人に手渡されたのが、今私の目の前にある、普通よりちょっとだけ高そうなボールペン。これが冒頭の台詞を叫ぶ羽目になった元凶ってわけ。
あたしはこのボールペンを日記を書くのに使ってた。今日インクが切れて「あ、明日芯を買って来なきゃ」と思って、芯の型番を確認するために中を開けたら、とんでもない物が入ってた。あーそりゃ叫ぶよ。叫びますよ。
あんた、あたしがこのボールペン使ってなかったらどうするつもりだったのよ!
もしあたしがお店でこのペン開けてたら、どんだけ恥ずかしい思いしたと思ってんのよ!
何この丸まった紙切れ。あたしの名前宛で、あんたの携帯番号と名前と、「ずっと好きでした」ってだけ書いてあるこれ!
おっそい!おっそいよ!ラブレターにしては遅すぎるよ!届くまで1年って!下手すりゃもっと掛かってたかも知れないし!
どんだけ?今時どんだけ奥手なの?あるいはリスクを好むギャンブラーなの?いや奥手ね!あと悪戯好き!知ってた!
ホント信じらんない!何考えてんの?
あたしがあんたの事好きじゃなかったら、あんた今頃滅茶苦茶イタい子になってたってわかってんの!?
今から電話?するわけないでしょ!引っ越し先はウチからたったの6つ駅向こうだし、しかも明日は土曜日!いきなり駅前まで行って電話する!そんで直接会って、あんたが手紙でしか言えなかった事を、あたしは言葉で言ってやる!
今度ビックリさせるのはこっちの番なんだから!
サイコロの目 372-18
こう-じょう【交情】
親しいつきあいに伴うあたたかい気持ち