サイコロショートショート

サイコロで出た目に従って辞書を引き、その単語でショートショートを書いてます

選ぶ

 …暑い。なんて暑いんだ。

 逃げ水がゆらめく暑さの中、僕は外回りの仕事に出ていた。

 連日の激務、給料の安さ、今日の憎らしい程の太陽の元気さ、昼間にふらりと入った中華料理屋の不味さ、これから会う得意先の横柄さ、先週の恋人との大喧嘩…。どれもこれも、頭をくらくらさせる事ばかりだ。

 せめて涼をとってから客先に入ろうと、コンビニでアイスを買って公園のベンチで食べていたら、棒の頭に「当た」の文字が見えた。おいなんだ、良い事もあるじゃないか。食べ終わって改めて棒を見ると、「当たり!選べます!」の文字が。

 …ん?選べます?普通「当たり!もう一本!」とかじゃないのか?それとも好きなアイスを選べるって事か?

 不思議に思ってアイスの袋を見ると、こうあった。

『当たった方、おめでとうございます!あなたは人生の岐路に戻って、自分の好きな選択をすることが出来ます。また、結果が気に入らなかったら、「今」に戻ってくる事も出来ます。しかも記憶を持ったままです。何度でも岐路に戻って、何度でも選ぶ事が出来ます。やり方は簡単です。当たりの棒を握って、その時と選択肢を思い浮かべるだけ。あと、当たりの棒は過去に戻っても握ったままになっていますから、それを大事に取っておいてください。選択肢が間違いだった時に当たり棒を握って「この時間に戻りたい」と思えば、いつでも「今」に戻ることが出来ます。どうか、あなたにより良き人生が訪れますように』

 なんだこれ。誰かが悪戯でも仕込んだのか。どっかで隠しカメラで見ているのか。まあでも、一生に一度くらいドッキリ番組みたいな物に撮影されて、TVに映ってみるのも悪くない。

 そう思ってわざとらしく棒を両手で握って目を瞑り、ついでにあの時の事を考えてみた。

 すると、「おい!」と鋭い声が飛んできた。なんだ、折角引っ掛かってやったのに随分荒っぽいTV屋だな。

 睨んでやろうと目を開けると、目の前に親父のしかめ顔と怒鳴り声が現れ、びくりとのけぞった。

 「おい!聞いているのかヒロシ!何だその棒は!何が歌手になりたいだ!だいたい音楽の成績が悪いお前がくどくどくど…」

 …おいおい、マジだったよコレ。本当に「あの時」に―――親父に説教されて音楽を諦めた十年前のあの時に、戻っちまった。

 ああ、親父、まだ髪の毛真っ黒だな。お袋、まだ皺が少ししかないな。弟は――相変わらず修羅場の隣でもゲームしてやがる。ああ、この時まだ猫生きてたんだっけ。

 おっと、感傷に浸ってる暇はない。だったら、選ぶのは『こっち』だろ。

 「親父、僕の選ぶ道は歌手じゃないよ」

 「お、おお。そうか、やっとわかってくれたか」

 「今は…アーティストって言うんだっ!!」

 ――それから十年、親父とは口を聞くことは無かった。音楽の道も箸にも棒にも掛からなかった。ふと気づけば、あの当たり棒を手に入れたあの日。志す道も日々の生活も、何一つままならない。余裕が無いからアイス一つ買えない。恋人もいないから喧嘩すら出来ない。

 こんな事なら、前の方がマシだ。

 そう思って、例の当たり棒を握った。

 そして「今」に戻った僕は、また別の人生の岐路を思い浮かべた。

 で、結論から言うと、僕はそれを何度も繰り返すことになった。

 小学校の修学旅行での班を選んだ時、中学校で部活を選んだ時、高校を選んだ時、大学を選んだ時、会社で配属部署希望を聞かれた時、友達から起業話を持ち掛けられた時、恋人を選んだ時…。とにかく思い付く限りの二択三択の場面に戻ってやり直した。

 が、どれ一つとして巧く行かない。結局行き着く所は「今の方がマシ」。何が『あなたにより良き人生が訪れますように』だ。ふざけるんじゃない。それとも僕の人生は結局巧く行かないように出来ているのか。何十回目かの「今」に戻って公園のベンチで頭を抱えた。まったく、頭がくらくらする。

 どうしたら今より良くなれるのか。どうしたら、どうしたら、どうしたら…。

 すると、頭の中で火花が散った。そうか!こうすればいいんだ!こんな事に気づかないなんて、僕は本当に馬鹿だ。

 さっきのコンビニに入り、当たり棒をアイスと引き換え、急いで食べた。果たして、無地の棒が現れる。はずれだ。素晴らしい。

 ああ、今日は何て良い日なんだ。

 「はずれ」続きだったと思っていた人生が、実は「あたり」続きだった事に気づけた。これからは、どんな選択にも自信が持てる。どんな結果も受け入れられる。

 そんな人生を送れる人が、世界にどれだけいるっていうんだ?


サイコロの出目 116-14

【選ぶ】
①多くの中から意にかなうものを取り出す。える。
➁選び集めて書物を作る