サイコロショートショート

サイコロで出た目に従って辞書を引き、その単語でショートショートを書いてます

官印

「おい馬鹿っ!おめえ何灯りつけてんだよ!」
いかにも卑しい顔立ちの、鼠のような風情の小男が、小さな声で隣の大男を叱り飛ばした。
これまた育ちとおつむの出来が悪そうな髭面の大男は、びくりとその図体をこわばらせつつも
「だってよう兄貴、こう暗くっちゃ足元が見えねえよう」
と、消え入りそうな声で抗議した。

王宮の裏庭、所々の茂みに隠れながら、二人の忍び足とひそひそ話は続く。

「いいか、おめえの血の巡りの悪いデカ頭にもわかるように、兄ちゃんがもういっぺん説明してやる。10回目だと思うがな」
「うんうん」
「まず、この国の話だ。この国は治安が良い。俺達みたいな流れ者でならず者なんて、ほとんどいないらしい。そのせいか、人も多いし、ここらの他の小国に比べりゃ断トツで景気もいい」
「うんうん」
「だがな、それにゃあウラがある。王様が持ってるハンコが、すげえ魔力を持ってるんだ」
「ハンコ?」
「そうだ。水晶の官印って言うらしい。水晶玉がついたハンコでな、代々この国の王様に伝わっていて、望めばどんな事だって叶うんだ。無能な王様はこれの魔力でこの国を良ぉ—くお治めになってる、って寸法さ」
「すごいよ兄貴!」
「その『すごいよ兄貴!』を聞くのも10回目だと思うがな…。まあいい。とにかく俺達は今まさに、それを頂きに夜中の王宮に忍び込んでる所だ。さてそんな時に、だ。『泥棒はここにいますよー』って灯りを点けて知らせる奴がいるか?」
「…いないよう、いるわけがないよう」
「お前なあ…。まあいい、わかったらさっさと行くぞ」
と、前に向き直った二人の前に、いつのまにか衛兵達が立ちはだかっていた。その内の一人、長とおぼしき衛兵がこう告げた。
「なかなか面白い寸劇だったので刑を減じてやりたいところだが、そうもいかん。なにせあの王様を無能と言った罪が加わるのでな。良くて明日の朝縛り首、と言った所か」
「…悪くて?」震えながら小男が問う。
「そりゃあお前、明日の朝日も見ずに縛り首だろ」
と答え、彼は人の悪い笑みを浮かべた。


翌朝、事を終えた衛兵長が王様の前へ歩み出た。
「王様、報告いたします!昨日捕まえたコソ泥は2人!これで今月の逮捕した泥棒の数は計14人になります!」
「うむ、ご苦労。しかし水晶の官印を狙ってくる輩は後を断たんのう。今後もよろしく頼むぞ」
「はっ!」


自室に戻り、清水のように澄んだ水晶玉がついた官印を取り出し、王様は独り言を言った。
「あいも変わらず、これにすごい魔力がある、という噂を流すだけで、悪い奴等が勝手にぞろぞろと捕まりに来てくれるわ。これならわが国の治安も良くなろうというもの。いや、まったく役に立つ物じゃな、これは。」
そうして、水晶玉のように見事に禿げ上がった頭を、ぺちり。

サイコロの目 227-85

かん-いん【官印】
一. 官庁・官吏が職務上使う印。⇔私印
二. 昔の、太政官の印。