サイコロショートショート

サイコロで出た目に従って辞書を引き、その単語でショートショートを書いてます

登竜門

 黄河にある龍門という恐ろしく長く、激しい急流。鯉はそこを登り切ると龍になるという。

 ある日、遂に一匹の鯉がそこを登り切った。

 鯉の目の前に天から一条の光が差したかと思うと、それはみるみるうちに龍の形を成した。龍神である。


龍神、曰く「よくぞこの龍門を昇り切った。お前は今日より我が眷属として天を駆けるが良い」

鯉「龍になったら、空を飛べるのですか?」

龍神「空だけではない。水の中でも今とは比べ物にならぬ速さで泳げるようになる」

鯉「龍とはそんなにすごい生き物なのですか?」

龍神「それだけではない。強い雷や風を起こす事も出来る。つまりは鯉よりもずっと格の高い生き物に生まれ変わる事が出来るのだ」

鯉「…ならば、私はこのままで構いません」

龍神「何故だ?お前は龍になりたくてこの龍門を越えてきたのではないのか?」

鯉「いいえ、龍神様。私は急流を登りたくてここに至っただけのただの鯉です」

龍神「何と。ではお前は龍になりたくないと言うのか?」

鯉「だって龍になってしまったらこの急流もひとっ飛びなのでしょう?私は、そんなのは面白くありません。私は流れと戦いたいのです。そして勝ちたいのです。勝てるとわかっている勝負など、私にとって何の意味もありません」

龍神「ううむ、変わった奴だ。しかしお前がそう言うのなら好きにするが良い。では何か願い事は無いのか?代わりといっては何だが、わしに出来る事なら何でも叶えてやろう」

鯉「では龍神様、こうするのはどうでしょうか…」


それから少し後、天上界で一つの噂が囁かれるようになった。

東の方にずいぶん変わった龍神がいて、度々鯉の姿に戻っては、ある一匹の鯉と競うように龍門登りに興じている、と。

サイコロの目 809-50

とう-りゅうもん【登竜門】
立身出世の関門。出世のきっかけ。各種の選抜・資格試験・芸能界の選やコンクールにいわれることが多い。竜門は黄河の上流にある急流で、鯉がこれを泳ぎ登ることができれば竜になるといわれたことから出た語。